空の上での七並べ

いがもっちの意外かも

東都動乱篇 第1章 綾崎志乃

「……志乃……志乃……志乃!」

 志乃はビクッとなって起き上がる。

「はいっ、はいっ」

 プレーリードッグのように首を左右に動かし、声の持ち主を探す。

「もう、寝てたでしょ……ってヨダレ垂らしてるじゃない! 汚い!」

 声の持ち主は意外と近くにいた。友人の西野敦子(にしのあつこ)だ。

「うっそ!」

 慌てふためく志乃に「はいっ!」と西野がティッシュを差し出した。

 志乃は「あんがと」とお礼を言い、いそいそとヨダレを拭き取った。

「志乃は最近寝てばっかやね。忙しそうやけどなんかあるん?」

 仲良し3人組のもう一人の古本知世(ふるもとともよ)が声をかけてきた。

「うーん。まぁ、いろいろあって」

 友人といえどとても話せるような内容じゃなくて志乃は言葉を濁した。

「もう、彼氏ができたかなんだか知らないけどさ、単位落としても知らないよ」

 西野が言う。

 東都研究都市。考古科学の研究を行うため日本考古科学協会のもと作られた5つの都市のうちの関東に作られた都市である。民間によって設立された都市なのだが日本政府公認の都市であり、また、大学の自治の名残のためか各都市では独自の自治が認められている。

 2020年代にとある日本人の論文でその存在が示され、2039年にアルカディアによって一躍脚光を浴びた”霊気力”。

 霊気力の研究が盛んになると同時に注目を浴びたのが考古学だ。従来の考古物や遺跡には長年蓄積された強くて特殊な霊気力が備わっているため、研究対象としてはもってこいだった。

 霊気力や考古学を科学的に研究する学問。それを総称として考古科学と呼んでいた。

 そして志乃らもその研究員の卵である研究教育生として東都にやってきたのだった。1年目の彼女は講義などを受講している最中だ。

 基本的には在宅でのビデオ受講がオーソドックスであるが、たまにこうして講義室で行う授業も存在する。どうしても実地で行わなければならない実験授業や知り合いや友達を作れるようにとの研究機関からの気配りである。

 志乃は自分の将来について真面目に考えたことがなかった。

 社交的で活発的な志乃はどこでも生きていくことができ、またこれといってなりたいものもなかった。だから将来の進路は別になんでもよくて、たまたま両親から勧められたのが研究教育生だった。

 研究教育生は研究や講義など役割としては従来の大学に近いのだが、授業料などはなく、さらに研究都市に住めば無料の下宿が支給される。そのため若者のモラトリアムとして人気急上昇中であった。

 志乃としても都会に興味があったので東京近郊の東都に行くことに決めた。今から8年前の2041年に設立下にしては設備が整っており、街も発展している。

 現在の日本では5つの研究都市と首都圏を含めた人口は総人口の約9割を占めていた。

 言い換えると、それ以外の地域は今やもぬけの殻、閑古鳥が泣いている状態になっている。

「ねぇねぇねぇ。ところで話変わるんだけどさ、この授業終わったらさ、第三地区にショッピング行かない? 服とか見たいんだけさー。あと、Mossa Kitchenで新しいマンゴー味のシュークリームが出るんだってぇ〜、行こうよ行こうよ」

 西野が二人の肩を揺らす。

「私はいいよ〜、どうせ暇だし〜。志乃は?」

 古本は同意する

「いいよ〜私も空いてるし!」

 志乃も同意した。

 

 東都は旧群馬、栃木、茨城、埼玉のいくつかの市町村にかかる形で形成されている。地図の上では北関東地域内にあるのだが公式な区域分けとしては北関東とは別々にするのが通例だ。ちなみに北関東は先ほどあげた旧4県で構成されている。

 東京都は依然として日本における首都として機能し人口も一番多い。東京に次いで人口が多い地区が東都研究都市だ。

 地区と表現したのは現在の日本の区域分けは都道府県だけではないからだ。

 全部で29の地区。人口減少などが原因で都道府県は統廃合されその数は少なくなってしまった。ちなみに5つの研究都市もこの29の中に入っている。

 東都研究都市は六つのエリアに区分けされ、志乃らが行こうとしている第三地区はショッピングセンターなど様々な商業施設が密集しており、一般人などの往来が多い場所である。中心には建物に取り囲まれるようにして大広場があり、真ん中に女神像をあしらった銀色の噴水前のベンチは、待ち合わせ場所、恋人や家族の憩いの場として名高い。

「相変わらず人が多いわねぇ」

 言い出しっぺのくせに人の多さから西野は若干の苛立ちを見せる。

「平日とはいえ人気のスポットだからねぇ」

 常に落ち着きのある古本が冷静な分析を行う。

「うっはー、もう美味しそうな匂いがいたるところからするよ! いよ〜し、さっさとシュークリーム目指すぞ!」

 いざ来てみると言い出しっぺの西野より志乃の方が乗り気だ。志乃はどんなものにでも基本的にハイテンションで臨むことができる。

「それがあんたのいいところよね」

「うんうん、そう思う」

「ん、何が?」

「いやこっちの話」

 西野はため息をつき、

「じゃあ、とりあえずファションでも観に行こうか?」

 と、言った瞬間だった。

 キン、っと金物同士がぶつかる音が聞こえ、ついで悲鳴が上がる。

「なになに!?」

 西野がびくつく。

「あっちだ」

 古本がいち早く原因の場所を突き止めた。

 第三地区におけるシンボルの噴水近くで刃物や槍を持った男女が対峙している。ぱっと見、2対2といったところだろうか。どこから出したのか西部劇などでよくみる丸っこい塊の草もコロコロと転がっていた。

「特撮かなんかじゃなさそうってわけね」

 そう言って西野と古本は逃げる。

「ちょっと志乃!? 逃げるよ!」

 どういうわけか志乃は二人について来てなかった。

 ぼう然と立ちすくんで戦況を見据えている。

「あわわ大変! 私ちょっと行ってくる!」

 志乃はかけていたショルダーバックを外してどういうわけか戦さ場へと飛び込む。

「!!!!」

 あまりの突飛な行動に西野は言葉を失う。

 どうしていいかわからず突っ立っていると古本が、

「あの子!」

と、何かを指差した。

 諍いの近くで倒れて泣き叫んでいる幼子がいる。このままだと危ないということで志乃はあの子を救いに行ったのか。西野は愕然とした。

 

「待ってて」

 志乃は一目散に幼子の元へと駆け寄っていた。

 このままだと危ない。その思いだけで志乃の体は勝手に動いていた。

 なんとか無事泣いている子の元へと駆け寄ることができ「もう大丈夫だよ〜」と笑顔で声をかけた瞬間だった。傍目に何かが迫ってきていた。

「あっ」と志乃が気付いた時にはもう遅くその何かは眼前へと迫る。志乃は反射で子を強く抱きしめた。

 ……痛くない?

 志乃が目を開けるとパッと蜃気楼のような光が見えそして消えた。

 飛んで来たものが砕けてそれが銅像であったことがわかる。戦いの最中で流れ弾のように飛んで来たのだろう。

 熟考する間も無く志乃は幼子を抱えて急いでその場を立ち去った。

 西野と古本が元いた場所で待ってくれているのを見つける。

「何してんのよ、逃げるよ!」

 西野の声に頷き三人はその場から急いで離れるのであった。

 

「ありがとうございます! 本当になんとお礼を言っていいのやら」

 逃げた後、すぐ幼子の母親らしき人が現れた。どうやら志乃が助ける様子も見ていたらしい。

「逃げ惑う人の波で逸れちゃってしまって。探しているとあなたが助けてくれているのが見えて。本当にありがとうございます」

 母親は何度も何度もペコペコとお辞儀をした。

「いえいえ〜、無事なのが一番! 本当に良かったです」

 志乃は照れ照れしながら手を横に振った。

「でも本当に運が良かったです。何かに守られたというか」

 銅像から身を守ってくれた何かが志乃はわからないでいた。

「私ちょうどあなたがこの子に駆け寄って行くとこで見つけて。ちょっと離れたところであなたの方に向かって手をかざす青年が見えました。距離があったもので詳しい特徴とかは見れてないのですが。その人が本当に守ってくれたのかどうかも……」

 そんなことがあったのか。その人が私たちを守ってくれたのかな。青年。誰だろう。志乃の考えは古本に遮られた。

「でもなんにせよ志乃ちゃんすごいかっこよかったよ。私たちは何にもできなかったもん」

 ねぇーっと古本は西野の方を見ながら言う。

「あんなところで動ける方が……見ててヒヤヒヤしたよ」

 西野は依然として心配した顔がほぐれない。

「でも結果的によかったのかな」

 と、幼子を見ながらやっと落ち着きの表情を取り戻した。

 えへへへと志乃は照れる。

「しかし一体何があったのでしょうか?」

 母親は不安げに事件があった方を見る。

 様子を見るなりどうやら大規模な抗争ではなくチンピラ同士の戦いだということがわかった。もうすぐ学連が駆けつけて事態の収拾にかかるだろうが。

「霊気力者同士の戦いだと思いますよ〜。紅叉(アカシア)とか月砂(レゴリス)か何かの」

 と、巷の情報になぜか詳しい古本が説明する。ちなみに志乃は紅叉や月砂を知らなかった。

「そうですか。私は東都研究都市になる前からここいらに住んでいて、街が賑やかになったのはいいことなんですがちょっと物騒になったというか」

 東都研究都市は都市圏近郊とはいえ郊外なため、もとはどちらかといえば田舎であった。そこに作った研究都市で元から居住していた人に加え若者を中心とした人口流入が多かった。人口増加とともに都市も発展していったが今回のように若者同士のいざこざが起こることも多くなっていった。

 東都は自治権が認められ、民間の非営利団体「学連警備団」という部隊が街の治安を守るようになったが、中には彼らだけでは不安だから警察に介入してもらった方がいいという意見も少なくはない。

「ええ本当に。私たちだってショッピング楽しんだり美味しいシュークリーム食べる予定だったのにねぇ……」

 はぁとため息をつく西野。

「シュークリームですか? あのぅもしよかったら……」

 そういって母親は携帯情報端末(フレキシブルフォン・略してフレホ)をいじり「これ」といって画面を見せてくれる。

「ああっ、これは!」

 西野が叫ぶ。

「知っていますか?」

「はい、Mossa Kitchenのゴールド会員。全種類のレギュラーメニューを頼むかつ50回以上店舗に行った者に配られるという幻の会員証。これを手に入れれば常に半額以下でMossa Kitchenのメニューを頼めるという」

「えらい詳しいね」

 流石の志乃も突っ込みを入れた。

「私Mossa Kitchenで働いていまして、もしよければこのゴールド会員証に登録するのですが……」

「ちょうど私たちも今日行くところだったんです。でも、私たち何にもしてないのに……」

「いいんです。本当に感謝しているので。せめてものお礼です」

 三人は顔を見合わせてクスッと笑うのだった。