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空の上での七並べ

いがもっちの意外かも

世界一不幸決定戦 後編

「エーーーーーンントーリーーーNo.5! 佐藤翔ぅ!」

 さとう・かける。

 それが僕の名前だった。

 懐かしいようでなつかしくない。

「ええっと……」

 僕は独白を始めることができない。ただ黙っている。

 僕の様子に気付いてのことか会場がざわめき出す。

「どうされました?」

 先行(サキユキ)が訊ねてくる。

「先ほどのマコトと同じで僕には記憶がないんです。でも僕はマコトと違って大人だし。何かしらの人生を経験してきたはずです。なんでここに来たのかが分りません」

「なるほど。これは弱りましたね。世界一不幸決定戦には何かしらの不幸を抱えて死んだ人が集まるはずなんですがね。このまま何も語れないとなるとここで終了となってしまいますがそれでよろしいでしょうか?」

「はい、それで構いません」

 会場からは大きなため息が聞こえる。残念だ、つまらないというオーラが波となって僕を襲ってくる。

 仕方ないだろ。僕だって自分のことについて語りたいさ。でも本当に記憶喪失なのだから。それにそもそもこの大会だって進んで出た訳じゃない。気付いたら出さされていたのだから。

 僕が心の中で反発している時だった。

 ーー本当のあなたを知りたくはないんですか?

 どこからともなく声が聞こえてきた。周囲を見渡して声の持ち主を探す。そこで僕はあることに気づく。おそらく今の声は僕にしか聞こえていない。なぜなら誰も聞こえた素ぶりを見せていないからだ。

 そして僕は声の主が誰だか今わかった。

 聞いたばかりの声だし、その男は僕の方に向かって不敵な笑みを会場内の誰にもバレることなくしたからだ。

 僕の脳内にだけ語りかけてきたのか。先行(サキユキ)。

 ーー本当の僕?

 僕も先行に返す。

 ーーええ。本当のあなたです。 

 先行は司会をこなしつつも僕の脳内に訴えかけてくる。

 ーーこの会場に見覚えはありませんか?

 僕は辺りを見回した。

 ーー悪いけど思い出すことができない。

 それに対して先行が驚くべきことを言ってくる。

 ーーそうですか。実はあなた、この世界一不幸決定戦に一度出たことがあります。

 ーー僕が? そんな記憶はないのだけれど。

 ーー本当に記憶を失っているのでしょうね。なぜかは分りませんが。あなたは前回、世界一不幸決定戦で優勝しました。そこでの望みは「生き返らせてくれ」というもの。もちろん願いは一つであればなんでも可能なのであなたを現世に再び送り返しました。

 先行が会を進行させながらも器用に僕に心通を行ってくる。

 ーーしかし、あなたはまたここにやって来た。この意味がお分かりでしょうか?

 ーーそれは僕が死んだってことなんだろう?

 ーーはい。そしてあなたがまた不幸な人生を送ったということでもあります。また、普通の平凡な人生でも繰り返してしまいましたか?

 先行の言葉は決定的だった。まるで堰き止められていた水があふれ出すダムのように僕の記憶が蘇ってくる。

 ーー僕は、普通の人生が嫌だった。

 ーーようやく思い出せましたか?

 先行がニヤッと笑うのが見えた。

 そこで僕はようやく思い出した。そう前回、僕はこの大会に確かに参加した。僕の人生はあまりに平凡であまりに起伏がない退屈なものだった。そんな人生が嫌だったのだ。脇役のような安パイな人生。生まれ変わることができるのであれば僕は刺激的な人生を歩みたかった。

 そうか。だから僕は今回の人生で全ての人を不幸にしたのだ。

 なんてことはない。僕はとっくのとうに話の中に登場していた。みんなの話の中に。

 リヨンの恋人を車ではね、エリーザ相手に結婚詐欺を行いその姉も殺して、ロドリゴの傭兵組織を罠にはめ、幼児であるマコトを殺した。

 エリーザが僕に気づかなかったのは僕が死ぬ二十年前のことだから。あの時から老け顔になった僕に気づかなかったのも無理はない。

 マコトは幼児なのだから犯人の僕の顔を覚えているわけがない。

 

 刺激的で楽しい予定のはずだったんだけどな。

 でも僕はここにいる。つまりはそういうことなのだ。

 ーーどうされますか? 今からでもあなたの時間は取れますよ?

 先行が提案してくる。

 ーーああ。お願いしてもいいかな?

 僕は独白することにした。

 世界一不幸な人生たちを生んだ不幸な人生を。それを世界一不幸な人たちの前で語るという不幸を選ぶことにした。

 あのまま記憶なんて思い出さなければよかったのに。

 どうやら僕の不幸は死んだ後も続くみたいだ。