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空の上での七並べ

いがもっちの意外かも

先導者の諚

今週のお題「部活動」。

僕は高校時代に軟式野球部に所属していた。

当時キャプテンだった経験を回顧してみるのだが、猫か犬かで言えば黒歴史なので執筆後には愚痴の掃き溜めになっているかもしれない。

 

1、先んじて申し上げておくこと

隗より始めよ。

高校生の僕が軟式野球部に所属し、さらにはエースでキャプテンという重役を務めていたことを掲載しておかねばならない。

大学においては野球する姿を周りに開かすこともせず、やれアニメーションを製作しようだのと周囲にほざいている。

今やみる影もないこの現況を知らぬ者に伝えるとびっくりされる。

「うっそー、意外だね!」

「君は文化系っぽいよね」

「案外、野球うまいんじゃね」

「てっきりアニメ好きな学生の印象でしかなかったですよ」

「キモオタ」

結尾は誹謗中傷でしかないのだが、大学時代はそんな言葉を浴びてきた。

そんな僕だが「立派に主将を務めていたか?」という質問には肯定できない。

むしろ掘り返せば杜撰でしかなく、穴があれば飛び込みたいくらいだ。

あの頃の僕の傘下に入りたいかと質問されたら、ノーと答えること必須。

ひどいキャプテンだった。まあ。

そんな悔やまれる過去を赤裸々に嘆きをつれ記載していきます。

怒りがふつふつと湧いてくる。思い返すだけで。

 

2、経緯と就任時の心境

僕がキャプテンに就任したのは1つ上の先輩たちの引退試合の後だった。

先輩の代のチーム、略して先代は県大会で優勝し久しぶりに中国地方大会に進出するくらい強かった。

ところが、並居る強豪ひしめき合う中国大会で負けを喫した。

敗北後のミーティングで前キャプテンよりキャプテンに指名された。

キャプテンに指名された瞬間の気持ち。

嬉しさはもちろんあった。

人狼で言えば占い師とか騎士みたくキャプテンという役職に憧れがあったからだ。

責任あってめんどくさいと思う一方、やっぱりその肩書きはかっこよかった。

そして、今はそうでもなくなってきたけど、褒められて伸びるタイプでチヤホヤされるのは好きだった。

それになんの根拠かは分からないがなんとかなるだろうという謎の自信があった。

いや、正しくは楽観視かもしれない。

多分、僕は周りの人よりキャプテンという仕事を舐めきっていたのだろう。

あと、僕は小さなことですぐ悩むが深刻に悩まないタイプだ。

根本的に楽観的な人間なのである。

 

3、なんで僕がキャプテンに指名されたのか?

そもそもなんで僕がキャプテンになったのか。

カリスマ性があるわけでもなく強いリーダーシップ、指導力があるわけでもないのにだ。

僕はこう分析する。

消去法だと。

前キャプテンに「僕がキャプテンなのは消去法ですよね?」と聞いたくらいだ。

困らせるような質問で本当に申し訳ないと思っている。

それに対し、前キャプテンは、「いや、そんなことないよ」と答えてくれたが、実際のところどうなんだろうと思う。

まあ、確かに、そのキャプテンはお世辞言うような人ではないし、僕は自分のことを過小評価する癖があるからもしかしたらキャプテンに向いていたのかもしれない。

しかしなんにせよ僕がキャプテンになった理由一つには「僕以上に野球が上手な同級生がいなかった」ということが挙げられる。

僕は自慢するのが大嫌いだからこういうことはあまり言いたくないのだが、客観的に見てこれは事実だし言わねばならないことだと思ったからいったまでだ。

これでもまだ心苦しいので、より客観的な事実を2つ挙げておこうと思う。

1つ。

上手な先輩たちがいる中で定期的に試合に出ていた2年生は僕だけだった。

2つ。

僕のいた高校は中高一貫校、更に言えば小・中・高一貫校で僕は高校生から入学した。

僕は高校から入ったので詳しくは知らないが、どうやら僕たちの世代の野球部は中学時代「谷間の世代」と言われていたらしい。

理由は、1つ上の先輩と1つ下の後輩に上手な人が集まっており、僕たちの世代のチームは中学時代に1勝しかできなかったらしいからだ。

そんなわけで僕はキャプテンになった。

 

4、実際のところ僕のキャプテンとしての働きはどうだったのか?

そういう経緯もあってキャプテンに就任したのだが、今振り返るとキャプテンらしいこと全くしてなかったな。

ひどかったな。

というのが正直な感想だ。

僕の高校は「自主自律」が校訓にもなっており、そのせいもあってか野球部でも練習メニューは選手に一任されていた。

選手といっても暗黙の了解でキャプテンの一任というのが習わしだったが。

つまりキャプテンの僕が練習メニューと考える役目だったのだが、ほとんど考えることなく練習当日に気分で決めていた。

当時の僕は飽き性ではなく反復練習に耐えることは苦ではなかった。

そのため、副キャプテンやマネージャーに「ほんまに考えとる?」と注意されたこともあった。

思えば僕は小さい頃から言われたことをきちんと守るのは上手だったが、自分で考えて実行するのは苦手だった。

主体性を身につける訓練をほとんどしてこなかった。

「キャプテシーが全然ない」

当時たまに来ていた外部コーチにこう言われたこともあった。

今となっては「しかし知ったこっちゃない」と一蹴してやりたいが、当時は真面目だったので悔しがっていたのを覚えている。

ともあれ僕はそんなキャプテンらしからぬキャプテンであった。

 

5、エースでキャプテン??

「はじめに」でも言ったのだが、僕はエースでありキャプテンだった。

これは後程わかったことだが高校野球では意外といるらしい(楽天の安樂とか)。

しかし僕が監督だったら投手と主将の両立は基本的に認めない。

さすがに背負うものが大きすぎるからだ。

そもそもピッチャーは野手と練習は別メニューなのだ。

練習メニューを言い渡して自分は別の練習を行う。

別の選手が野手の練習を見るのだ。

他の選手にバンバン役割というか僕が担っていた責務を頼めばよかったと思う。

当時の僕はなんでも一人で背負い込むタイプだった。

いや、つい最近までそんな人間で今でも完璧に抜けきっているとは言い難い。

まあ、何が言いたかったかというとたださえパープーな僕にエースとキャプテンという責務を引き渡したチームにも問題があったという他ない。

 

 6、だから僕の性格からしてキャプテンは向いていない

僕はキャプテンに絶対向いていない。

少なくとも野球に関して。

まず僕はきつく叱るのも言い争うのも苦手だからだ。

説教とかうざいって自分で感じるから人にもしない。

「自分がされて嫌なことは人にもやらない」は僕の99ある戒律の1つだからだ。

無駄な争いどころか争いすらしない。

というか争いごとが苦手なのだ。

傷つくのも傷つけるのも嫌いだからだ。

「自分には厳しく人には優しく」。

これも僕の99ある戒律の1つだ。

大人によく教えられることだ。

しかし、経験したことがある人ならわかると思うが、部活動や会社といった組織では時にはどうしても厳しく律することも必要だ。

団体で決めた目標を達成するには、「人に厳しく」しないといけない場面もある。

けど、僕はこれができない。

そもそも野球を始めたのも兄がやっていたため、また兄の試合を観に行った時に暴れないようにと親にチームに入れられたからだ。

主体的に始めたわけではなかった。

それでも忠実さと勤勉さ、そこそこの運動神経があったため、そこそこの野球上手に育ちついには誰もいないということでエースをやり、キャプテンにも任命されることになった。

しかし、こちとらキャプテンなんか、人を引っ張る経験なんてしてこなかった。

僕はただプレーヤーでありたかっただけだった。

楽しく野球ができればそれでよかった。

いや。

正確に言えば志のある奴のもとで1プレーヤーとして勝ちに貢献したかった。

 

7、本音を明かしてみようか

進学校じゃん。

野球より勉学の方が大事でしょ。

少なくとも僕はそう考えていた。

今では部活にもっと専念しておけばよかったと思うのだが。

進学校の高校に入った時点で1勉強、2部活動(野球)であった。

自分でもかっこ悪いと思うがこれが僕の本音なのだから仕方ない。

そりゃ勝てたら嬉しかったが勝たなくちゃいけないとは思ったことなかった。

あそこでキャプテンをやるのが僕しかいなかったにしろもう少しみんな僕に逆らって欲しかった。

上手いから何も言わないではなく排斥運動でもデモでもなんでもやって欲しかった。

後輩に「甘いんですよ」とか言われたことはあったけど。

おおよ。

僕は甘いんですよ。

争いが嫌いなんですよ。

僕に任せんなよ。

僕に期待なんかすんなよ。

努力してなかった僕も悪いけどよ。

けど、

 

これだって本音かどうかもわからない。