空の上での七並べ

いがもっちの意外かも

啐啄(そったく)

 言葉に表すことはできないが決定的に何かが足りなかった。

 あとは睛(ひとみ)を足せば竜を描きあげることができる。

 しかし、その睛が霧がかる山間で失くした装具のように見つからない。

 

 テレビを観るのさえ憂鬱になったのはいつからだろう。

 友達と宅飲みしながらそう思う。

「お前んとこは雑魚チームやけん」

「何いっとんな。見ようけや、こっからホームランバカスカ打って勝つけん」

「そういって何回逆転されたとこみたんけ」

「お前馬鹿にしすぎだろ」

 友達のやりとりを笑いながら見ていても内側で灰色の煙が渦巻く。

「明日の演習って講義室L201で行われるんだっけ?」

「そうよ」

「レポートとかってなかったよな?」

「確かなかったはず」

 いつもの定型化した会話。

 その後もダラダラと酒を飲み語り合って12時を過ぎた頃に、明日も1コマから授業だということで解散する。

 自転車を押しながら帰路につく。

 居酒屋の前では学生たちが屯ろしている。街道には12時を超えたというのに人通りは無くならない。

 みんな何を思って生きているのだろうか?

 同じ年代の学生は何を思って大学生活を過ごしているのか?

 僕は何かが足りない。

 腹の奥底で飢えた野獣を飼っているかのように。

 真夜中に猛烈に叫び走り出したくなるのだ。

 このままサラリーマンになって結婚して家庭を持って。

 それが人生というものなのだろうか?

 得てして幸せというものはそういうものであり大半の人の人生が普通でありそれを受容することが大人になるということなのかもしれない。

 けど、僕の奥底になりを潜めている野獣(こいつら)が表に出せと言わんばかりに僕を食い破ろうとしている。

 かと言って僕はその雄叫びを飼いならすことができず落ち着くまで待つことしかできないでいる。獰猛なそいつを面に出す勇気もなかった。まるで殻に閉じこもった雛のように、僕は閉じた世界で生きていた。

「変わりたいなぁ」

 ボソッと呟いた言葉は夜の闇に吸い込まれて消える。

 

 授業後、構内を独り歩く。

 7月に差し掛かりジリジリと暑さが蝕んで歩いては汗を掻く季節になっていた。

 ふと、向こうから珍しいやつが視線に入る。

 小坂だ。同じ学科の。最近、課外活動か何か知らないけど、よくわからない怪しい活動をしているっていう噂を耳にする。

「おい、小坂、久しぶり!」

 気付いたのに声をかけないのも変なので俺は小坂を呼び止めた。

「おおっ、周防さんじゃないっすか。へいヘイヘイ! 元気してた?」

 ポンと腕を軽く叩いてくる。

 いつもの調子乗りしな小坂だ。ある意味安心した。

「生きてたのか。授業にも全然来ないから学科であいつ何してんだろうって噂になってんぜ?」

「生きてるも生きてる。ちょっと野暮用があってな」

 小坂は右手で銃型の手を作り顎に当て意味もなくカッコつけるポーズを決める。

 何やってんだこいつ? 相変わらず変なやつだ。

「なんじゃそりゃ。小坂は最近何してんの?」

「めっちゃ色々とやってまっせ。あっ、そうだ。周防さんこそ何やってんの? 話し聞きたいわ。とりま今日飲みに行かね?」

 また飲みか。時間もったいないなとは思ったけど、小坂とは久しく会ってないし、

「おっ、いいね。じゃあ、大学近くの居酒屋にでも行こうか?」

 おもしろそうだし行ってみることにした。

「ええっすよー。何時にする?」

「俺、車校の手続きとかあるから遅い方がよくて。八時とかどう?」

「了解。おっけっす。じゃあ、またそのときにねぃ」

 飲みのセッティングだけして小坂とは別れた。

 

 夜8時。

 約束通り小坂と居酒屋にきた。

 メニューが一律280円で安いということもあり、この居酒屋は学生に人気があった。そのため今日も学生が多い。

「最近、久しく話してないなー。元気だった?」

 小坂は飲み終えた後の生ビールのジョッキをテーブルの上に置く。机との目測を誤りダンと音が鳴る。

「いや、それはこっちのセリフだわ。お前、最近、全然学校に顔出さねーじゃん。何してんだよ?」

「んー、色々とやってるよー。とりあえず授業はつまんないから行ってない」

 小坂は電子ペンで次の飲み物を選んでいる。

 小坂はいつもあっけらかんとしているところがあって真意を読みづらい。

「なんだそりゃ。学科の奴ら心配してんぜ」

「いやぁ、ありがたやありがたや。忘れられてないだけでありがたや」

 小坂は目の前で手をこする動きをする。

 

 居酒屋にきて1時間はたっただろうか。

 いい感じに酔いが回ってきていた。 

 

「周防さん、最初怖かったもん。なんかザ・反社交的人間って感じがしてさ。仲良くなりたかったけど話しかけるのもできんかったわ」

 小坂の顔も赤くなっている。

「それは全く否定できんな」

 小坂と俺は笑う。

「いやー、あんときはな、受験失敗して第一志望じゃない大学(ここ)に入って『俺はてめーらとは違うんだ。本来ならここにいるはずの人間じゃねー』って怒り心頭でさ。そんで『お前らと群れる気はねぇ。もっと気合い入れて勉強しろや』とか思ってた」

「そんなこと考えてたのか。やっぱ、周防さん、こえ〜。まあ、そうか。今もかもしんないけど、確かに周防さん図書館にいくこと多いしね」

「まあね。でも、なんか小坂とか学科の奴ら見てると自分のおかしさに気付いてさ。こんなこと続けても誰も俺のこと尊敬してくれるわけでもないって。女子からモテるわけでもねーし。周囲の人と壁作るだけだなって」

 目の前のグラスに入った飲み物を見つめる。

「なんか小・中学の頃はさ、勉強できて運動できるやついわゆる学校優等生とかがモテるんだけど、高校とか大学とかになってくると価値観が多様化してくるからね。そこに気づかずいつまでも学校マインドで頑張るって人意外にいるよね。周防さんもまさかのそっち系だった?」

「そうなんだよ。悔しいけど。まさしくそれが以前の俺で。今はもう違うんだけど。今は学科の奴らともうまくやっていけるようになったし」

「え〜、本当? 今でも周防さんのこと怖いっていう女子結構おるよ?」

「昔よりかはだよ」

 軽く笑った。

 お酒を軽く飲んでテーブルにグラスを置く。グラスの中をじっと眺める。アルコールの液がグニグニと流れているのがわかる。

「けど、それだけに今は思ってしまうんだ。俺ってこのままでいいのかなって。こんな感じで大学卒業してしまっていいんだろうかって。最初の野望に戻ってもしょうがないことは分かってる。けど、今が満足かといえばそうじゃないんだよね」

 ついつい本音を語る。

 小坂はいつもはちゃらけてるけど、こういう話を真面目に聞いてくれる。今も黙って自分の会話に合わせてくれている。

「特別、悩みがあるってわけでもないんだけど。講義に出てちゃんと単位も取れてるし、バイトもまあ苦痛なわけじゃない。友達と遊ぶのも楽しいし。あとは彼女いれば最高だけど」

「周防さんは絶対モテるって。今まで彼女がいない方がおかしいもの。怖いけど気配りできて優しいし、一途っ気なとこもあるし」

「いやいや、びっくりするくらいモテねーぞ。告白されたことなんて一回もねーし」

「そりゃあ、周防さんが彼女つくろうとしてないからっしょ。告ったら向こうはすんなりおっけいすると思うよ?」

「そんなもんかねぇ。まあ、恋愛の話は置いといて。話元に戻すと今の生活ってすごく不満があるわけじゃないんだけどさ。うまく言葉にできないんだけど、なんか物足りないんだよね。将来に対する漠然とした不安ってやつ?」

「さっきも言ってたけど、『このまま大学卒業しちゃって大丈夫かな〜?』ってやつか」

「そうそう。友達と遊んでバイトしてそれもいいんだけど、何か刺激が足りないというか。やりたいことあるんだけど、それに向かって何したらいいかわかんないし、そもそもそれが本当にやりたいことなのかもわかんねー。けど、一つ言えんのはこのモヤモヤした感じで卒業したらあとあと後悔するんだろうなってことくらいかな」

 グラスに入ったサングリアをぐいと飲み干す。

 果実の甘さが舌に残りワインの苦味が喉にキュッとくる。

「周防さん。やりたいことあるんだ。なになに?」

 小坂が身を乗り出して聞いてくる。

「俺、大学入ったときから一応、教授志望なんだ。もしくは地元に戻って教員。いずれにせよ教育関係の仕事に携わりたいって思ってるんだけど」

「教授、教員……ねぇ。周防さんに教授って似合う、似合う。頭いいし」

「素直に喜んどくよ。だから教採試験受けて学部を卒業して先生になるか、院行って教授の道を進むか。まぁ、簡単に言ってるけど教授への道もすごく険しいからなれるかどうか分からないけど」

「なるほどなぁ……そもそも周防さんってなんで教育に興味があるんだっけか?」

 

「それは……親が教員ってのもあるけど、人が成長するところを見るのが好きなんだよね」

「なるほどねぇ……周防さん見てて思うのが、もっと他に道があるんじゃないってことかな。もっとこうさ。なんていったらいいんだろう。周防さんの核みたいなところがさ。なりたいものじゃなくて何をやりたいか。どう生きたいか。俺、教育関係について詳しくないからわかんないけどさ。教育学科のくせにね。もっとなんか色んな道がありそう。教授とか教員とか以外の」

「『何をやりたいか、どう生きたいか』……か」

「そそっ。教授とか教員とかってあくまで周防さんが夢を実現する上での手段でしかないってこと。もっとなんかあるはず。周防さんがなりたい何かが」

 なるほど。

 今まであまりそういうふうに考えたことがなかった。

 新鮮だ。普段はおちゃらけてるくせにこういうとこだけ核心ついてくる小坂に嫉妬しつつも素直に感心する。

「うーん、ごめんや。うまく言語化できない。あのさ、周防さん今度の土曜日空いてる?」

「空いてるけど……」

 ちょっと嫌な予感がする。例の怪しい活動に誘われるという。

「俺が最近いろいろやってんのは知ってるでしょ? そんでわりと教育関係に造詣のある人いるから、もしよかったら会ってみん?」

「そうなんか。それは是非」

 話の流れからして断りづらかった。不信感が拭えないことは事実だけど。興味もないことはないし、小坂のことはある程度信用してるから了承することにした。

 その後、居酒屋を出たところで小坂と解散する。

 ちょうど良い酔いで、ふと空を見上げる。黒幕に星。田舎だからかよく見える。鼻歌、自転車を漕ぐ音、話し声。心なしかくっきり聞こえる。

『どう生きたいか……』

 小坂から言われた言葉を心の中で反芻する。

 雛は外の世界を見るために殻を内側から破らなければならない。

 まずは雛くらいにはならないとな。そう思った。

 

 

ハヤシライスで世界を救え!! 後片付け

 朝日が昇って間も無くして僕たちはカフェに集まった。

「昨日はよく眠れたか?」

 店長が声をかけてくれる。

「はい。バッチリです」 

 僕はうんと背伸びをしながら答える。

「いよいよ今日ですね」

「だな」

 今日はついに前回「美味しくない」と言われた女性にリベンジマッチを行う日。焦りはなく清々しささえあった。

「よしやるか!」

「やりましょう!」

 朝からゴタゴタ準備を始め、それが終わるといつものようにダラダラしてるとすぐに女性が来る時間となった。

「こんにちわ」

 女性がやってきた。

「あれから首尾の方はどうですか?」

 余裕を持って女性が訊ねてくる。

「おおよ、バッチリ」

「本当のハヤシライスを味あわせてあげます」

「あら、楽しみだわ」

 にこりと笑う女性。

 調理に取り掛かる僕。数多くの試行錯誤した賜物かいつの間にか調理の手際は以前より格段に上がっていた。

「おあがりよ!」

 僕は女性にハヤシライスを差し出した。

 女性が一口食べる。

「これは!? コクが増してる?」

 そしてもう一口食べる。

「デミグラスソースを使ったわね」

 さすがに女性というだけ味に敏感だ。

「そうっす。デミグラスを加えることで濃い味に仕上げました。あとは豆乳っすね。それもコクを増してます」

 なるほどという顔をする女性。

「よく、この短期間でここまで仕上げましたわね」

 ナプキンで口を丁寧に拭きながら女性は僕たちのハヤシライスを褒め称えてくれた。

「実際、ギリギリだったけどな。この味にたどり着くには。ハヤシライスの喪失。思わぬライバルの登場。いろんなことがあったからな」

 店長が答える。

「どうだい?」

「ええ、美味しいです」

 歓喜の瞬間だった。僕と店長はにっと笑いお互いにハイタッチを交わした。

 外は春日和。猫があくびをしながら街を徘徊している。カフェの時間はこうしてゆったりと過ぎていく。

 ハヤシライス。牛肉や玉ねぎをデミグラスソースで煮込んだ料理。その地位はカレーライスより馴染み薄い。

 S店長と僕。

 ここにハヤシライスに情熱を注いだ二人の英雄がいたことは今となっては誰も覚えていないのであった。

 

ハヤシライスで世界を救え!!(完)

 

 

ハヤシライスで世界を救え!! 完成・実食

 僕は深呼吸を行う。

 今まで行なってきた数多くの試行錯誤を思い出す。そしてーー。

「よし」

 まず玉ねぎを切って炒める。

 炒めた玉ねぎは鍋に入れ今度は牛肉をバター醤油で炒め玉ねぎと同じく鍋に投入。

 ハヤシライスのベースはワインとトマトとデミグラスだ。

 これを先ほどの鍋に投入してじっくり煮込む。

 コクを出すために最後に豆乳を投入するのも忘れない。

「できた!」

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 今までの試行錯誤が詰まったハヤシライス。

 これが僕たちのオリジナルなハヤシライスだ。

「実食だ!」

 店長に頷き僕たちは実食を行う。

 目の前にはハヤシライス。緊張の面持ちで僕たちは無言で頷きあって口に運ぶ。

「これか……」

 僕は思わず呟く。

「ああ、やっとたどり着いた」

 店長も満面の笑みを浮かべた。

「いいじゃない。美味しいわよ」

 スタッフの女性も賛同する。

「これで残すところは……」

「あの女性に『美味しい』と言わせることだな」

 

☆ 次回、二人の英雄の最後をご覧あれ!!

 

ハヤシライスで世界を救え!! 盛り付け

☆美味しい食事の代償は圧倒的な敗北感であった……

 

「あの味を越すことができると思うか?」 

 店長は言った。

「いや、今の俺じゃとてもじゃないけど無理です」

 僕は言う。

 中村屋のハヤシライス。まさかレトルトのハヤシライスがここまで美味しいとは思わなかった。

 コクがありまろやかでそれでいてしつこくない。

「いや、あんたたちバカでしょ?」

 カフェのアルバイトスタッフの女性だ。

「何も中村屋と競う必要ないでしょ。むしろ同じハヤシライスを世に広める身として同志でもあるじゃない」

「そういうことではないのだ」

 と、店長。

「ああ、そうだ。男には引けないときってもんがあんのよ」

 と、僕。

「俺は俺のハヤシライスを世の中に広めたいんだ!」

 店長は拳を握り立ち上がり高らかに宣言した。

「それは自己顕示欲っていうんですよ〜」

 目が笑っていない微笑みで女性が語りかける。

「ったく。もっと肩の力を抜いていけばいいのに。ハヤシライスを広めることと例の女性に美味しいと言わせることが目的でしょ? だったら他と競わなくても自分たちのオリジナルなハヤシライスを作ればいいじゃない」

 やれやれと言わんばかりの女性。

「自分たちの……」

「オリジナリティ……?」

「そうよ。あんたたちが美味しいって思うハヤシライスを作ればいいのよ。常識的なハヤシライスから外れない限りね」

 そうか。そうだったのか。

「俺たちは大事なものを見失っていた」

「ああ、どうやらそのようだ」

 オリジナリティ。料理人があくなき求めるもの。ハヤシライス探求道もそこに通ずる。

「今までの日々を振り返るのよ。あなたたちならもうきっとできるわ」

 俺たちの……。

「ハヤシライスってやつか」

 

 

ハヤシライスで世界を救え!! 味付け

【ここまでのあらすじ】

 ハヤシライスの地位向上のため。S店長と僕。二人の英雄がハヤシライス作りに挑むこととなった。しかし試作段階初期、知り合いの女性に「美味しくない」の一言を言われ挫折を経験する二人。逆襲に燃える一方、あまりに多い試作のためハヤシライス本来の味を忘れてしまう二人は、ハヤシライスの味を思い出すためにスーパーのレトルト売り場を目指すのだったのだが……。

 

☆ついに強敵(ライバル)登場!? 二人が食品売り場で出会ったものとは……。

 

 スーパーのレトルト食品売り場で店長と僕はハヤシライスを探す。

「これなんかいいんじゃないか?」

 店長が示したのはこちら、

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 中村屋のビーフハヤシであった。

 パッケージからしていかにも美味しそうな雰囲気を醸し出している。

 ゴクリ。僕は思わず冷や汗を掻く。

 レジでなんとかお金を払いものにした僕たちは早速カフェに帰って調理をすることに。

「お湯で温めるだけでできるだと!?」

 あまりの手軽さに恐れおののく二人。

 お湯でパッケージに決められた時間きっかり温めご飯にかける。

 最大限にまで引き上げた敵でなければ本当に勝ったとはいうことができない。抜かりなく調理を終え実食へと移る。

「いくぞ」

 真剣な面持ちでハヤシライスを口にする二人。

 神経に電気が走る。

「なんだこれは!?」

 店長が思わず口にするのも頷ける。

 中村屋(こいつ)かなりできる!!

「これが大資本というやつか!?」

 美味しい。よく考えればそれもそのはずである。賢い研究者たちとその道のプロが集まって作られてのがこのレトルト食品だ。人類の知恵と技術が詰まった作品(ハヤシ)が美味しくないわけなかった。

 思わぬ強敵(ライバル)の出現。

「俺たちは果たしてこのハヤシライスに打ち勝つことができるのか!?」

 強大な壁が僕らの前に立ちはだかるのであった。