ハヤシライスで世界を救え!! 味付け
【ここまでのあらすじ】
ハヤシライスの地位向上のため。S店長と僕。二人の英雄がハヤシライス作りに挑むこととなった。しかし試作段階初期、知り合いの女性に「美味しくない」の一言を言われ挫折を経験する二人。逆襲に燃える一方、あまりに多い試作のためハヤシライス本来の味を忘れてしまう二人は、ハヤシライスの味を思い出すためにスーパーのレトルト売り場を目指すのだったのだが……。
☆ついに強敵(ライバル)登場!? 二人が食品売り場で出会ったものとは……。
スーパーのレトルト食品売り場で店長と僕はハヤシライスを探す。
「これなんかいいんじゃないか?」
店長が示したのはこちら、
中村屋のビーフハヤシであった。
パッケージからしていかにも美味しそうな雰囲気を醸し出している。
ゴクリ。僕は思わず冷や汗を掻く。
レジでなんとかお金を払いものにした僕たちは早速カフェに帰って調理をすることに。
「お湯で温めるだけでできるだと!?」
あまりの手軽さに恐れおののく二人。
お湯でパッケージに決められた時間きっかり温めご飯にかける。
最大限にまで引き上げた敵でなければ本当に勝ったとはいうことができない。抜かりなく調理を終え実食へと移る。
「いくぞ」
真剣な面持ちでハヤシライスを口にする二人。
神経に電気が走る。
「なんだこれは!?」
店長が思わず口にするのも頷ける。
中村屋(こいつ)かなりできる!!
「これが大資本というやつか!?」
美味しい。よく考えればそれもそのはずである。賢い研究者たちとその道のプロが集まって作られてのがこのレトルト食品だ。人類の知恵と技術が詰まった作品(ハヤシ)が美味しくないわけなかった。
思わぬ強敵(ライバル)の出現。
「俺たちは果たしてこのハヤシライスに打ち勝つことができるのか!?」
強大な壁が僕らの前に立ちはだかるのであった。
ハヤシライスで世界を救え!! 調理中
「やはりベースを根本的に変える必要があるな」
「デミグラスソースを使えばいいんじゃない? やはりもっと味を濃くする必要がある」
「それだ! トマトベースではなくデミベースにすることで酸味を抑えコクのある味を出すことができる」
「牛肉を炒める時はバターを付け加えないか? そうすればもっとコクが出ることだろう」
「バター醤油が最強だね。ってかもうこれと米出せば一品出せるんじゃね?」
「よしそうと決まれば実際に調理だ!」
「落ち着け。改善案は1つ1つ試していこう。対照実験の要領だ。そうしなければ何がいいかがわからない」
昼も夜も。
僕たちは雨にも負けずハヤシライスを作った。
こうでもないああでもないと日々試行錯誤を重ねる。
あまりに食べ過ぎてハヤシライスが夢にまで出てくるようになった。
しかし、彼女に美味しいと言わせるまでハヤシライス作りは終えることができない。
それにこのままだとまたハヤシライスは脚光をあびることなくカレーの陰に隠れ続けることになる。
当時の二人を動かしていたもの。
それは己のプライド以外のなにものでもなかった。
そんな僕たちにも限界はきた。
ある日いつものようにハヤシライスを作って試食することになった。
その時ハヤシライスを食べる店長のスプーンの手が止まる。
「どうしました?」
僕はクマができているであろう目で店長を見て言った。
「肝心なことに気づいた。ハヤシライスってそもそもどんな味だったっけ?」
店長の一言で僕は目の前のハヤシライスが盛られた皿を見つめる。
しまった。僕は愕然とした。
美味しいものを作ろうとするあまり美味しいハヤシライスを作るという観点がこぼれ落ちていた。つまり「ハヤシライスを作る」という意識よりも「美味しく作ろう」という意識が先行していたため、できた料理が果たしてハヤシライスなのかどうかという観点が完全に抜け落ちていた。
僕たちはハヤシライスを作っているのだ。
たとえ出来上がったものが美味しかったとしても顧客がそれをハヤシライスと認めなければそれはハヤシライスではないのだ。
「なんという失態だ」
灯台下暗しとはまさにこのこと。僕たちは大切なものを見失ってしまっていた。
「急いでハヤシライスとはどんな食べ物だったのかを思い出すんだ」
店長に頷き僕たちはスーパーのレトルト食品売り場を目指すのだった。
ハヤシライスで世界を救え!! 調理開始
ある日のことであった。
ハヤシライス調理実験初期段階。
「あれ、これうまいんじゃね? 店出せるくね?」
と、店長と僕はノリに乗っていた。
そんななか二人の知り合いの女性に試食してもらう。
「正直に言っていいですか? 美味しくないです」
初の女性の意見ということもあってタジタジになる店長と僕。
内心若干の焦りを見せつつも女性は淡々と持論を述べていく。
「コクがないし、塩っ気もなくて味が薄いです。酸味だけがただ強くて」
こうして二人の男はなすすべなく佇んだ。
ワインとトマト缶をベースにしてしまったせいか味が薄くなってしまったのかもしれない。自然味あふれる味は濃い味に慣れてしまっている今の若者に響かない。
と、なんとか昇華させてみたがショックを隠すことはできなかった。
「こうなったらあの女性に絶対美味しいって言わせてやる!」
僕と店長は誓いを立てるのであった。
こうして二人の逆襲のハヤシライス作りは幕をあけるのだった。
ハヤシライスで世界を救え!! 下準備
ハヤシライス。
カレーライスが席巻する現代においてその地位は決して高くない。
カレーライスをどうしても食べたくなる日はあるがハヤシライスをどうしても食べたくなる日というのはあまり聞かない。
そんな料理界のポジション争いをはかる彼らに救いの手が。
S店長と僕の二人の英雄が手を差し伸べることになったのだ。
地下活動を続け、水面下で脚光を浴びることを待ち続けている彼らの大逆襲が今はじまろうとしていた。
S店長。言わずと知れたカリスマアラサー男子。
「俺!?」や「魚!?」などの名言を生み出す彼の言葉の数々は言ってしまえば最早、迷言であることに疑いの余地はない。
公務員にオサラバした彼が次に手がけるのがこのハヤシライス作りであった。
僕。しがない、いち地方大学生。
高校生の頃から縦横無尽に学校優等生として学校デモクラシーの頂点を極めし男であったが、天狗になって王座に踏ん反り返る男を神様が見逃すはずはなかった。
浪人が確定し、
「受験番号落ち(スプリットスピリッツ)」
「あらかじめ定められた不合格(フェイルドフェイト)」
「確定二浪(フォールインオール)」
の異名を持つこととなった。
今回、世の中の異端者として名を馳せるワールドエンドな二人が美味しいハヤシライス作りに挑む。
ハヤシライスで世界を救え!! プロローグ
はじめに言っておくが、これはハヤシライスで世界を救おうとした壮大な人生の追体験記だ。
〜This is a story for S store manager.
Thank you for dear all staff〜
アルバイト先でのなんでもない日に伝説の幕は開けた。
「俺の店を支えてくれる決め手はハヤシライスだと思う」
S店長はそう言った。
彼はこの4月から個人事業主としてカフェをオープンさせた。公務員という安定した職を捨ててまでどうして彼がこの決断に踏み切ったかはわからない。
「我輩は起業家である。安定などとうに捨てた!」
彼はそう証言している。
そんな彼はカフェの看板メニューとしてハヤシライスを添えたかったのであろう。
「そいつぁいいや! ぜひトライアンドエラーといきましょうや」
僕は店長の話に乗った。
こいつは合法的に食費が浮く。
生活費を切り詰めて、いかに交際費を増やすかが死活の大学生にとってこのチャンスを逃さない手はなかった。
……などとやましいことを考えていたことは決してない。
「おおよ。世界一美味しいハヤシライスを作ってやらぁ!」
こうして僕たちのあくなきハヤシライス探求道は幕を上げるのだった。
もう一度言っておこう。
これはハヤシライスを世に広めようとした二人の英雄の物語である。